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食に関わるすべての女性の地位向上のために〜第二回フェミナス開催レポート〜

by Yuki Kobayashi

 食のサプライチェーンに関わるプロフェッショナルの女性たちを集めた国際会議「フェミナス」は今年が2回目。開催地は、スペイン北部のアストゥリアス地方。州の北側は冷たいカンタブリア海を望み、年間雨量1100 L/㎥の土地では通年緑が生い茂り、乳牛生産でも全国トップ。州内人口は百万人を超えますが、国内でも過疎化が最も早く進んでいる地域でもあります。州内人口の4割が65歳以上。美しい風景の中に、日本の過疎化と重なる姿が注意をひきます。

 地域発展と女性のエンパワーメントをガストロノミーの視点から問いかけてゆくこの学会では今回、ペルー、イタリア、エクアドル、ガーナ、モロッコ、エクアドル、アルゼンチンからの女性シェフを始め、農業従事者、ソムリエ、地元の畜産関連従事者ら実に多岐にわたる職業のプロたちが集まりました。

 中でも、注目を集めた発表のいくつかをご紹介しましょう。

● インカの時代から続く地域文化の継承、ピカンテラ

 2014年からペルーの無形文化財として認定され、伝統料理を継承する団体として活動しているのがアレピケ地方ピカンテリアの女性たち。大勢で大きな帽子と華やかな赤色の衣装に身を包んで登場しました。ピカンテリアとはチチャと呼ばれるとうもろこしを発酵したアルコール飲料を提供する場所。非常に貧しい環境の中にありながら、土地の素材だけを集めて地域の食事も提供するようになるとピカンテリアと呼ばれるようになり、ここで働く女性たちをピカンテラといいます。長い伝統と習慣の中でピカンテリアは地域女性の重要な収入源でした。今でもピカンテラの料理は伝統スタイルのまま電気も使わず、調理に使われるのは炭火のみ。バタンと呼ばれる素材を潰す石版と大きな石の塊で、香料も野菜も一緒につぶしてベーストを作り、肉や野菜と煮込む。この土地では料理は家族の中で女性に伝えられ、母も娘もピカンテリアで働き、ほかの選択肢はなかったといいます。

 ピカンテリアをレストランと解釈するのは間違いでしょう。地域の集会所的な存在であり女性に雇用の場を与え、地元素材を消費するという循環経済を保つ役割を果たしてきました。ときに苛酷な自然環境のなかで大きな生活共同体の存在を永らえてきた重要な地域の車輪のような存在なのです。

 印象的だったのは彼女たちすべてが家族の写真を持参し今回の参加に深い感謝を捧げ、母、祖母、女性の祖先たちのオマージュを送った場面。遠いスペインまで来て自分たちの生き方を多くの人々に知ってもらえることができたのは、母や祖母たちから習ってきた料理と歌や踊りのおかげだと、涙ぐむのでした。経営者もシェフも常に集客と利益を追求するのが当然である欧米社会のありかた、地域社会の存在の仕方を問われる発表でした。

ペルーから来西のピカンテラの女性たちは、歴史や料理のみならず、最終日には踊りも披露。ピカンテリアでは料理の提供時も、各自が母から受け継いだ最高の宝石類や衣装をまとってサービスするのだとか。

ピカンテリアは、複雑なハーブの調合は5kgもあろうかという大きな石で、ゆっくりと時間をかけて潰してゆく。

● モロッコの自由

 ナジャ・カナチェは、近年マドリードフュージョン(世界料理学会)での講演をしたことで、注目を集めているモロッコのフェズにレストランを持つ女性シェフです。モロッコで女性がシェフをするということは、欧米諸国とは全く事情が異なります。女性一人での買い物が許されていないため男性スタッフと買い出しにでかけ、その彼を通じて値段交渉や素材の購入を行う。女性であるというだけで様々なハードルを超えなければ公けのキッチンにたどり着けない文化。欧米の女性たちとは違う主張の仕方をしてゆかなければならないのです。

 モロッコでも多くの女性が農業に従事し、食糧生産を支えているといいます。今回彼女は、8世紀にアンダルシアに移住したアフリカ大陸で食事法や衛生法、音楽にも広い知見を持ちアンダルシア文化に影響を与えたジリヤップという人物紹介からはじまり、大きな皿をキャンバスにみたて、オレンジをまるごと保存し発酵したものやビーツをはじめ様々なプラントペースのクレマなどで大きな絵画のような一品を紹介しました。通常とはスケールも表現方法も違うデザート。彼女の料理表現は、環境の制限を超えて自由を訴えかけます。

ナジャの神秘的な雰囲気は周囲を圧倒する。妊娠8ヶ月での参加というエピソードに会場から驚きの声も。「病気じゃないし大丈夫よ」とサラリ。

盛り付け、というより描いてゆくという表現がぴったりのナジャのデザート。

● ガーナで「種を蒔く人」 ケニア(ガーナ)

 ガーナ出身のフォトマタ・ビンタは、シェフ兼活動家。彼女の食への関わりはレストランでの調理ではなく、旅型だと言います。広いアフリカでも料理に携わる女性たちの状況は共通しており、限られた環境のなかあるものを利用して子どもたちの食事と栄養を確保してきたと。彼女は近年、欧米メディアで扱われることが増えてきたアフリカ原産のフォニオという穀物を使っての料理を紹介しました。栽培に大量の水を必要としないフォニオは成長も早く、苛酷な気候に耐えサステナブルな栽培ができるのが最大の魅力。グルテンフリーでもあることから欧米で注目を集めていますが、ガーナでは一家の重要な栄養源として、女性がこの植物を栽培します。農業を法人化して事業主になれるのは男性のみ。フォトマタはこの状況を打開すべく、女性たちにフォニオの栽培から販売、収入を得る術を伝えて歩いています。テレワークが進み、ノマダ型で働くひとは全世界で増えましたが、彼女は料理を通じて社会の改革のために旅をしている勇気ある女性の一人です。

フォトマタは説明しながら、フォニオの扱いやサラダを作ってみせた。

フォトマタのサラダ

● スペイン畜産業界女性を取り巻く状況

 参加者に国内畜産家5名を数えた討論では、この業界をめぐる様々テーマについて各パネラーが活発に意見交換を行いました。スペインの女性畜産従事事業者の平均年齢は60歳前後。後継者は少なく、速度を上げて近代化を実行してゆかねば産業自体が危険にさらされているという危機感はスペインも日本も同様です。とはいえ、スペインでは2009〜2020年の間で21%、女性畜産事業主が増えたといいます。国内畜産業者登録の事業主は男性が60%、女性が40%。ことにアストゥリアス州は畜産業界での女性事業主が多い土地柄だとか。

 スペイン政府やEU政策のおかげで、女性が事業主として登録しやすくなった背景のなか、畜産家夫婦が離婚した際、守りきれていなかった女性の権利を主張し法律が変わってきた例などが紹介されました。フェミニズムが急速に進んでいるスペインでは、農業従事女性をまとめた全国レベルの非営利団体や権利団体が存在し、女性当事者同志のコミュニケーションが活発です。確実に状況が以前の男性優位社会から変わってきていることを実感しながらも、男性と女性、地方と都会のギャップは未だ強いと彼女たちは口を揃えました。

 ロンドンの大企業で働いた後、父親の定年退職で地元に戻り肉牛、羊、ヤギなどの放牧する家業を継いだロシオ・アロンソさんはテクノロジーの恩恵を感じながらも、「インスタでつながったとはいえ、コメント欄でくる質問は、都会と地方の距離を明確にする。大都市では国内の地名すら知らない人がほとんど。突拍子もない質問で、地方が理解されていないことを痛感するんです」。同様に畜産家のアメリア・ディアスさんは言います。「畜産業に関しての法律というのは、都会で作られていて実際の現場にはそぐわない法律が多い。田舎に足を運んだこともない公務員が、数の論理で制限や補助金を決めても意味がない」。

 5人の畜産家たちはこのSNS主導の情報社会の中で、あちこちで地方や畜産の映像を見てわかったと思うのではなく、実際に足を運んでその規模や日々の仕事、生産方法を知ってもらうことが、業界の改善につながるということで一致していました。地方が雇用を生み出す場所として認識されなくてはいけない。そのためには若者に問いかけてプロモーションをしてゆくこと。何十年も前から言われてきたことですが、情報技術やコミュニケーションが容易になった現代では、効果的なアプローチ法ひとつで状況もスピーディに日々変化してゆきます。

畜産家女性たちの発言は、常にストレートで的を得ている

● 永遠のテーマ 仕事と家庭の両立

 生産者にも飲食業界にも永遠のテーマである仕事と家庭の両立。

 コロンビアで食のサプライチェーンの女性の権利向上を働きかける非営利団体「ガストロムヘレス」を積極的に率いるジャーナリスト、パメラ・ビジャグラが司会となって進められた、スペイン国内のトップレベル女性シェフを集めた討論会では、よいプロフェッショナルになって同時に「良い母」になることはできるのだろうか?という永遠のテーマについて討論がありました。

 家庭にいない母親はすぐに「悪い母」のレッテルを貼られてしまう。しかし、カタルーニャのレストラン「レス・コルス」のプィジデバル母娘フィナとマルティーナは、祖母の代から続くレストランでいつも働く母親を見て育ちました。母娘とも「母のことも自分のことも一度も悪い母と思ったことがありません。」と断言。アストゥリアスのホテル・レストラン「カサ・エウティミオ」経営者マリア・ブスタシェフは「出張も頻繁、長時間労働では子供と一緒にいないから私は『悪い母』の類でしょう。でも娘たちに愛されているという実感が確実にあります。」と、幸せそうな笑顔を見せます。彼女たちは長時間労働から逃れられない飲食業。その中で男性の意識が格段に変わってきたと語りました。

 世界レベルで揺るぎない評価と認識を得る「アルサック」のエレナシェフの厨房では多くの料理人の出入りがありますが、ときには数の上で女性が優勢になることもあるといいます。女性が多い職場では解決力が早く高く、食のサプライチェーンに限らず、女性が社会変革に参加する業界では、変革自体が早く進むと指摘しました。

 女性が働き、男性と家事を共有する姿を子どもたちに見せながら育てること。それがスタンダードになることが変革の始まりであり、目的であるというシェフの言葉に、一同深くうなずく場面がありました。

バスクの名店「アルサック」では性差の問題がなく、適材適所が実現されていると語るエレナ。

● レストランは特別な日の場所に

 3日間の学会の最終日、一人目の登壇者となったローマ「グラス・ホスタリア」のシェフ、クリスティーナ・ボワーマン の発言も衝撃でした。グラフィックデザイナーとしてのキャリアから転職、ローマで女性としては最初の星付き店シェフとなった彼女は、「レストランは特別な日に食べるところに戻るべき」と主張。自分の言葉は自殺行為だと認識していると笑いながら、「外食が増えれば増えるほど文化は衰える。家庭で家族と料理を作ることは人間関係を作ること。家族で食卓を囲むことが大事」。よい将来を作るためには、家庭レベルからよい関係と環境を作ることが必須なのではないか、と。この言葉は翌日の地方紙をはじめとしたグルメ欄を賑わせました。

クリスティーナはシンプルなアーティチョークの料理を発表。発表前夜には完璧なアルデンテのパスタを参加者に振る舞った。

 都会の哲学や経済の定規では測れない地方生活の、よりサステナブルな継続と、食と女性の権利の発信をしてゆくというユニークな発想のこの学会は、連日ストリーミングで同時配信され、同じ立場にある女性たちを勇気づけ、食のサプライチェーンに関わるすべての業界で性差関係なく大小のディベートを誘発しました。イタリア、メキシコ、ペルーやフランスなど諸外国から参加した女性ジャーナリスト達が、その声を広めてゆきます。

 内部から状況を公に向かって発言すること、集まって顔を見ながらコミュニケーションを取って話し合うことが、すべての変化の最初で大きな一歩だということを感じる3日間となりました。

筆者プロフィール

95年よりスペイン在住。ライター、通訳、コーディネーター。インターネット創世記よりスペインに関する記事を日本メディアに寄稿。TVコーディネートでは各局の報道からエンタメまで幅広く手掛けるほか、東京オリンピックではOBS(オリンピック放送機構)にて、ブロードキャスティング・ロジスティックス・マネージャー補佐を務めるなど、リサーチとマルチタスクな職務に燃えるタイプ。遠いスペインと日本を、より身近にすべく精進中。

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